【画像比較】アンミカの若い頃!モデル時代は写真写りが最悪で事務所から門前払い?

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バラエティー番組や通販番組、その上さらにファッションやコスメのプロデュースなどで現在大活躍中のモデルのアンミカさん。

1972年3月25日に生まれの現在51歳ですが、まだまだ美しさに磨きをかけ続けていることや、テレビ番組でモデルとは思えない多彩なトークを披露することから、多くの視聴者から人気を得ています。

現在のアンミカさんをご存じの方は多いかと思いますが、皆さんはアンミカさんの過去についてご存じでしょうか?

今でこそ輝かしく、皆が羨むようなアンミカさんですが、幼少の頃やモデルになった頃は大変苦労されていたそうです。

そこで今回は、そんなアンミカさんの若かりしモデル時代やどのような家庭で育ったかなどの過去について解説していきます。

【画像比較】アンミカは若い頃にパリコレモデルだった!

現在のアンミカさんと言えば、先ほど記載しましたがファッション、コスメのプロデュースやバラエティー番組に出ている印象が強いですよね。

そんなアンミカさんですが、実はパリコレ(パリ・コレクション)のモデルだったようなのです。

ここでは、アンミカさんがパリコレモデルなるまでの過程や、パリコレモデルになった後のエピソードをご紹介していきます。

若い頃①中学3年でモデルを志す!意地で事務所に所属!

引用:テレ東プラス

アンミカさんが中学生の頃、母親はガンで寝たきりになりました。

その際に母親から「モデルになったらいい」と言われ、母親が死ぬ前にモデルになりたいと決意し、中学3年生の時モデルを目指し始めました

モデル事務所に送った書類は全て返され、面接も不合格だったアンミカさんですが、それでもあきらめずに毎週事務所に通い続けて、空きの出たレッスンに参加させてもらえるようになったそうです。

若い頃②父親の反対を受けるも高校卒業後にパリに渡る!

アンミカさんの父親は厳しく、モデルになることを反対していました。

一流になるまで帰ってくるな、モデル以外の資格勉強をしてとれるまで連絡もしてくるな。

と言われたとのことです。

その後、フランスのパリに渡ったアンミカさんですが、電話で話を聞いてもらえる会社は20社中3社しかなく、さらにその3社も当日になると態度を変え会ってはくれず仕事はなかったそうです。

また会ってくれない理由を尋ねたときに「センスが悪い」というニュアンスの言葉を言われ、ダメ出しを受けたとのことでした。

かなり厳しい世界だということがわかりますね。

若い頃③日本に帰国!モデルの夢を諦めず活動!

仕事が無かったアンミカさんは、日本に帰国しファッションについて勉強し直していたところ、京都で開催されるアマチュアのファッションショーの話が舞い込んできました

しかし、アマチュアのファッションショーに気が乗らないアンミカさんは当時迷っていたそうです。

そんな時に自宅の貯金箱の中から父親の手紙を発見しました。

手紙には

チャンスは突然来るから、常にアンテナを張っておきなさい。

と書かれていて、それがキッカケとなり京都のファッションショーに参加することを決めたとのことです。

若い頃④パリコレデビューを果たす!

アンミカさんが京都にいる頃、著名なカメラマン10人の内の1人とされているロバート・ショーナーさんに声を掛けられ、「THE FACE」や「i-d」に載ったことにより有名なりました。

そして、ロバート・ショーナーさんとその後も仕事を続けるうちに、実績ができるようになり、再度パリコレに挑戦をしました。

そして見事、パリコレに出演することが決まったそうです。

アンミカの生い立ちが壮絶!モデル志望の理由は極貧生活?

ここまではアンミカさんのパリコレモデルになるまでをご紹介しました。

今のアンミカさんからは想像できないほど苦労していたことが分かりましたよね。

また、父親の反対を押し切ってモデルになったことや何度もパリでダメ出しを受けたとしても諦めない意志の強さが素敵でした。

さて、ここからはアンミカさんの生い立ちについてご紹介していきます!

生い立ち①韓国から日本に移住!4畳一間で家族7人暮らし

アンミカさんは韓国の済州島で生まれました。

5人兄弟の次女として生まれたアンミカさんは、4歳の頃日本に移住してきたそうです。

その際、何度も引っ越しを繰り返していて、他人の家の2階部分の4畳スペースに住んでいたこともあったとのことです。

生い立ち②火事で家が無くなる!父親が失業で母は他界?

中学生の頃、家が火事になったことがあったそうです。

その頃母親がガンにて入退院を繰り返していて、父親も始めた居酒屋が失敗して出稼ぎに行っていました。

アンミカさんも新聞配達のアルバイトをしていたそうです。

そして、アンミカさんが中学3年生の頃に母親は亡くなってしまいました

【画像比較】アンミカの若い頃が美しい!パリコレモデル時代を時系列でご紹介!

ここまでは、アンミカさんの生い立ちについてご紹介しました。

何度も引っ越しを繰り返して火事で家が無くなっていたり、母親が病気で亡くなってしまったり、父親が行っていた居酒屋もうまくいかなかったりと波乱万丈な人生でしたね。

また、他人の家を間借りして生活していたことも驚きでした。

ここからは、アンミカさんの過去を時系列順にご紹介していきます!

若い頃①幼少期~10代

幼少期のアンミカさんは口元にケガを負ったことがありました。

ケガを負ったことで笑った時に、唇が捲れ上がって怖いと周囲の子供から言われ、コンプレックスになっていたそうです。

そんな時に母親から口角を上げて笑顔にするとよいというアドバイスをしてもらい、コンプレクスは解消されたとのことでした。

アンミカさんにとっては魔法の言葉だったようです。

若い頃②20代・パリコレモデル

20代の頃は先ほどご紹介した京都のファッションショーや有名カメラマンとの出会いでパリコレに出演できるようになった時期でした。

また、28歳の頃にはタレントとしても活動を始めて、深夜番組の「バリミオン・プレジャーナイト」にてコントなどをやっていたようです。

その頃は今と違い有名ではありませんでしたが、容姿とコントのギャップで番組を盛り上げていたそうです。

若い頃③30代・モデル兼タレント

30代のアンミカさんは語学留学で韓国に1年間留学していたそうです。

また、この頃モデル界の変化があり仕事があまりなかったそうですが、テレビ番組でMCを務めたりコメンテーターをしていたりとマルチに活躍していました。

さらに、「日韓観光の夕べ」という日韓交流会に参加し「韓国観光名誉広報大使」に任命されました。

若い頃④40代・セオドール・ミラーと結婚!

40代のアンミカさんは制作会社エンパイア・エンターテインメント・ジャパンのCEOであるセオドール・ミラーさんと結婚しました。

セオドール・ミラーさんとは現在も仲睦まじい写真をSNSにてアップしています。

また、フジテレビ「歌うま女王は誰だ!?歌がうまい王座決定戦魂の大激突スペシャル」に初出場して優勝を果たしたり、アルバム「Bittersweet Memories」でCDデビューをしていました。

【比較写真】現在・変わらないと話題に!

若いころと現在のアンミカさんは化粧にこそ差はありますが、美人であったことが伺えます。

また、2023年2月ごろに25年前との比較写真をSNSに投稿しました。

モデルでタレントのアンミカ(50)が3日、自身のインスタグラムを更新。「大阪の大切な時期を一緒に育んだ、モデル仲間と楽しすぎるランチ」に行ったことを紹介し、“現在”と“25年くらい前”の写真を並べた比較写真を公開した。

引用:ORICON NEWS

この投稿に「ビックリするほど変わらない」や「今のほうが若く見える」などさまざまな驚嘆のコメントが寄せられていました。

想像を絶する生い立ちだったが若い頃から変わらず美人!

今回はアンミカさんのパリコレモデル時代や生い立ちなどをご紹介しました。

幼いころから家を転々としていて母親が早くに亡くなったり、パリでは全く仕事がもらえなかったりと苦労された人生でした。

しかし、最終的にはパリコレに出演したり、現在のようにテレビ番組で大活躍を見せるまでに至りました。

そんなアンミカさんの今後の動向も気になりますね。

是非Instagram公式ブログなどでチェックしてみてください!