服部二千翔の父親は明石家さんまで確定!?現在の関係や大竹しのぶとのエピソードも徹底調査!

服部二千翔の父親は明石家さんまで確定!?現在の関係や大竹しのぶとのエピソードも徹底調査! その他

明石家さんまさんが以前、女優の大竹しのぶさんと結婚していたのは皆さんもご存じだと思います。

2人の間に二千翔(にちか)さんという息子と、IMARU(いまる)さんという娘さんがいる事も、よく知られていますよね。

IMARUさんは芸能人なのでテレビにもよく出演していて、明石家さんまさんと大竹しのぶさんもテレビでIMARUさんのことを、よく話題にしています。

IMARUさんの兄である二千翔さんは芸能人ではないので、長い間テレビなどのメディアに出ることはありませんでした。

そんな二千翔さん、最近たびたびテレビに出演して明石家さんまさんのエピソードなどを話す機会が増えています。

実はこの二千翔さんの父親は、明石家さんまさんではないのです。

今回は二千翔さんの父親について、明石家さんまさんとの関係や大竹しのぶさんとのエピソードを、画像も併せてご紹介していきます!

二千翔の父親は明石家さんまではない!?大竹しのぶと誰の息子?

服部二千翔さんの父親は戸籍上は明石家さんまさんですが、実の父親ではありません

服部晴治さんという人が二千翔さんの父親で、二千翔さんは大竹しのぶさんが再婚する時に「連れ子」として明石家さんまさんの息子になったのです。

ここでは二千翔さんのプロフィールや、服部晴治さんと明石家さんまさんとの関係についてご紹介していきます。

服部二千翔のプロフィール

服部二千翔プロフィール
生年月日 :1985年
学歴:慶応大学経済学部卒
職業:WEB制作会社経営

二千翔さんは一般人のため、詳しいプロフィールなどは公にされていないようです。

現在はWEBサイトやホームページを作成する会社を経営していて、自分が芸能人になりたいと思ったことはありませんでした。

芸能人は気が休まる暇がなくて大変そうだと思っていたようで、それは両親を反面教師にした結果ですね。

ただ、両親が超有名人だったことで嫌な思いをしたことはなく、初対面の人にもすぐに分かってもらえるから話すのが楽だと語っています。

二千翔の父親は服部晴治!明石家さんまとは友人だった!?

服部晴治さんはTBSのディレクターで、「寺内貫太郎一家」や「時間ですよ」「ムー」など、昭和を代表する数々の大ヒットドラマを演出しています。

服部晴治さんは大竹しのぶさんの最初の旦那さんになるのですが、服部晴治さんはもともと明石家さんまさんと友人だったそうです。

服部晴治さんはガンのため47歳の若さで亡くなったのですが、病床の服部さんから「テニスを一緒にしたい」と言われ、その願いを叶えてあげました。

テニスに行った1~2週間後に服部晴治さんは亡くなったので、その行動が正しかったのかと、明石家さんまさんは今でも思うことがあるそうです。

二千翔の父親・服部晴治と大竹しのぶの馴れ初めは!?

1980年に服部晴治さんが演出した「恋人たち」というドラマに、大竹しのぶさんが出演したのが2人の馴れ初めです。

その2年後の1982年に服部晴治さんと大竹しのぶさんは結婚して、その3年後の1985年に息子・二千翔さんが産まれます。

しかし1987年に服部晴治さんは亡くなってしまい、大竹しのぶさんはわずか5年の結婚生活でシングルマザーになってしまいました。

服部晴治が明石家さんまに渡したものとは!?死ぬ間際に託した想いとは!?

前述したとおり、二千翔さんの父・服部晴治さんと明石家さんまさんは仲のいい友人で、一緒にテニスをしたりしていました。

服部晴治さんが亡くなってシングルマザーになった大竹しのぶさんを、明石家さんまさんは友人として支えていました。

そんな明石家さんまさんに服部晴治さんは生前、「あるもの」を渡していたそうです。

服部晴治さんが亡くなる前に明石家さんまさんに託した「あるもの」とは、一体何だったのでしょうか?

託したものがヤバい!?大竹しのぶも見た事が無い?

二千翔さんの父・服部晴治さんは亡くなる直前、明石家さんまさんに一通の手紙を渡しました

服部晴治さんがガンを発病したのは、大竹しのぶさんと結婚して2年目のことでした。

大竹しのぶさんは、そのことをしばらく自分一人だけの胸に仕舞い込んで、服部さん自身にも知らせませんでした。

しかし病状が進んで服部晴治さん自身も自分の病名を知るところになり、その時に友人である明石家さんまさんに手紙を渡したのです。

その手紙には自分が死んだ後に残される、妻・大竹しのぶさんのことを頼むといった内容が書かれていたそうです。

大竹しのぶさんは、その手紙の存在を何年も知らず、現在もその手紙を見せてもらったことはないそうです。

二千翔の育ての父親が明石家さんまで間違いない!?2人の現在の関係は!?

大竹しのぶさんは服部晴治さんが亡くなった翌年、1988年に明石家さんまさんと再婚しました。

当時3歳だった二千翔さんは、明石家さんまさんの息子になったのです。

当時、大人気で女性からもモテていた明石家さんまさんが、大竹しのぶさんと結婚したことは大ニュースになりました

その上、初婚の明石家さんまさんが、二千翔さんも引き取ったというので、さらに世間は驚きました。

血の繋がりがない明石家さんまさんと、息子・二千翔さんはとは、どんな親子関係なのでしょうか?

ここでは、明石家さんまさんと二千翔さんの関係や、大竹しのぶさんやIMARUさんとの関係について解説してききます。

二千翔が明石家さんまを『ボス』と呼ぶ理由は!?涙のエピソードも!

二千翔さんは父親になった明石家さんまさんの事を「ボス」と呼んでいました。

その理由は、一緒に暮らし始めた時に明石家さんまさんに「今日から俺のことを“ボス”と呼ぶように」と言ったからです。

明石家さんまさんは当時の事を振り返って、「お父さん」としての自信がなかったから「ボス」にしたと語っています。

二千翔さんを自分の子供として育てる決意をして、大竹しのぶさんと結婚したものの、いきなり3歳の子供の父親になるのには不安があったようです。

また、新しいお父さんが出来た二千翔さんに「お父さんと呼べ」と無理強いしない、明石家さんまさんなりの優しさでもありました。

離婚時に二千翔が言った衝撃の一言とは!?正直な気持ちを吐露!

2020年に放送されたバラエティ番組「誰も知らない明石家さんま」に、二千翔さんは初めてテレビ出演してインタビューに答えています。

血が繋がらない父・明石家さんまを、どう思っているかと言う質問に、二千翔さんは「本当の父親だと思っている」と答えました。

また、父として、人間として尊敬しているとも語っていて、長生きしてずっとそばにいてほしいと語っています。

この二千翔さんの答えが、明石家さんまさんと二千翔さんの親子関係の全てを物がっているのではないでしょうか。

明石家さんまが離婚時に譲れなかった条件とは!?意外な一面も!?

明石家さんまさんは、大竹しのぶさんと離婚する時に「子供と月に30回以上会えるように」という条件を出しました。

これは、血が繋がっているIMARUさんとだけでなく、二千翔さんも含めたものでした。

明石家さんまさんは、二千翔さんとIMARUさんを分け隔てることなく、自分の息子と娘として可愛がっていたからです。

子供の頃、喘息だった二千翔さんが発作を起こすと、明石家さんさんは寝ずに看病したそうです。

IMARUさんが産まれた時は、仕事をセーブして積極的に育児に参加しています。

明石家さんまさんと大竹しのぶさんが離婚する時に、二千翔さんは明石家さんまさんの方について行くと言い張って周囲を困らせました。

服部二千翔の父親は明石家さんま!大竹しのぶやIMARUとの関係は

今回は服部二千翔の父親は明石家さんま!現在の関係や大竹しのぶとのエピソードなどについて画像と併せてご紹介しました。

明石家さんまさんは息子・二千翔さんや、元嫁・大竹しのぶさん、娘・IMARUさんと、誕生日に必ず食事会をしています。

4人全員の誕生日に食事会をするので、年に4回は最低でも4人で必ず今でも会っているそうです。

大竹しのぶさんとは離婚してしまいましたが、明石家さんまさんにとって二千翔さんとIMARUさんは大切な家族で間違いないようです。