悪名高い半グレ組織である関東連合を知っていますか?
この巨大組織において「喧嘩最強」を誇るのが金村剛弘さんという人物です。
また、ビジネスの才能やカリスマ性を上手く活用し、芸能界とつながることで大きな権力をもっていたようです。
この記事では、アングラな世界で強力な存在感を放つ金村剛弘さんについて徹底解説します。
記事を読むと金村剛弘さんを巡る事件が理解でき、関東連合の取り巻く闇の一端に触れることができるでしょう!
金村剛弘死亡事件の首謀者は逮捕されてる?死の真相と黒幕は?
金村剛弘さんは、表向きは父親が経営する韓国食材の輸入業の役員を務める在日韓国人。
最終的な実態は不良グループから人望があり、ビジネスに関してもやり手な弘道会のヤクザだったようです。
タイマンでは一度も負けたことがないほど強く、ボディビルダー級の筋肉の持ち主でしたが、ある日襲撃され死亡します。
いったいなにがあったのでしょうか。
金村剛弘が死亡した西新宿事件とは?
2008年3月「西新宿事件」が起こります。
金村剛弘さんは、自宅近くで待ち伏せされ集団から金属バットで殴られ殺害されました。
近隣住民も事件の際の怒声を聞いており、なんと十数人の男性に追いかけ回され、最終的に殺害されてしまったようです。
目撃者が多く大きな事件にもかかわらず、未だ犯人は捕まっていません。
金村剛弘さんが亡くなった事件現場には、豪華な花束が置かれていたそうで慕う人の多さがうかがえます。
西新宿事件が起きた発端は前々日のトラブルがきっかけ?
金村剛弘さんが殺害される2日前、関東連合のメンバーと食事をしていました。
その場には、山口組秋良連合会の組員数人が偶然居合わせており口論になります。
店外へ出て、金村剛弘さんは秋良連合会のリーダー格と戦い、素手で圧倒し勝利します。
秋良連合会はそのまま退散し、このトラブルが2日後の金村剛弘さん集団リンチ殺害につながったのではないかと言われています。
金村剛弘は集団リンチで殺害された?
秋良連合会とのトラブルの2日後、金村剛弘さんはパーティに出席しており午前4時ごろに帰宅の途につきます。
自宅付近の路地に入ったところで、待ち伏せしていた十数人の犯人集団と遭遇し襲われました。
「助けてください、ごめんなさい」と命乞して逃げ回る金村剛弘さんに対して、金属バットで滅多打ちにした後、車で逃走。
頭部を殴られたことが致命傷となり金村剛弘さんは亡くなります。
金村剛弘は即死状態で脳みそが飛び出していた?
集団から金属バットで複数回殴打され、病院に搬送された時点で金村剛弘さんは全身血まみれ状態ですでに意識がなかったようです。
発見当時、頭部から脳がはみ出すほどの激しい暴行を受け、5日後に死亡しました。
全身の損傷が激しかったものの、死因は脳挫傷だったようです。
即死ではありませんでしたが、脳へのダメージが深刻だったので助かる見込みには疑問が残ると言わざるを得ません。
西新宿事件の首謀者は逮捕されている?
結論として、金村剛弘さんが殺害された西新宿事件の首謀者は分かっておらず、未だ解決に至っていません。
首謀者の候補は数人あがっているものの、明確な根拠となるものがなく逮捕に踏み切れていないのが現状です。
一体誰が金村剛弘さんの襲撃を企てたのでしょうか?
首謀者は木村兄弟?
金村剛弘さんを襲撃した首謀者の候補のひとりに「木村兄弟」が挙げられます。
木村兄弟は、関東連合に敵対する組織の代表格である「新宿ジャックス」を取り仕切っている人物たちです。
非常に喧嘩が強く、頭が切れることから兄弟揃って強大なカリスマ性と統率力をもっています。
金村剛弘さんが殺害された後、木村孔次郎さん(弟)は友好関係にある秋良連合会の人物から、路上で罵られているのが目撃されます。
「おい孔次郎!お前人殺して逃げてるからやばいよなぁ」と衝撃的な発言が飛び出したそうです。
発言が真実なのかを確かめることはできませんが、この件で木村兄弟が首謀者である可能性が高まったのも事実でしょう。
首謀者は打越スペクターの西村聡造?
警視庁から準暴力団に指定されている「打越スペクターOBグループ」のリーダー格である西村聡造さんも金村剛弘さん襲撃の首謀者候補です。
金村剛弘さん襲撃事件の2日前、ある飲食店で西村聡造さんと金村剛弘さんの両グループはトラブルを起こします。
トラブルは店の外で喧嘩するまでに発展しますが、西村聡造さんは金村剛弘さんに歯が立たずボコボコにされたようです。
大勢の前でこっぴどくやられたのが強い恨みとして残った西村聡造さんは、金村剛弘さんに復讐することを本気で考えます。
首謀者が西村聡造さんなのかは立証できていませんが、金村剛弘さんを襲撃する動機としては十分でしょう。
六本木事件は木村兄弟弟への報復?
金村剛弘さんを殺害された関東連合は復讐を誓います。
関東連合は、金村剛弘さん襲撃事件の首謀者が木村兄弟の弟、「木村孔次郎さん」だと断定し、襲撃計画を立てます。
木村孔次郎さんが六本木のクラブに居る情報を掴み、数人の実行犯が金属バットを持ちクラブに突入しました。
木村孔次郎さんとみられる男性を滅多打ちにして殺害し、復讐は成ったかと思われましたが、なんと人違い。
六本木事件の結末は、全く無関係の人間を殺害するというずさんで凄惨な事件となりました。
六本木事件の首謀者は石本太一でも見立真一でもない?
結論として、六本木事件の首謀者は見立真一さんとして警察が指名手配しています。
実行犯はすでに全員逮捕され、首謀者の見立真一さんはフィリピンに逃亡。
事件はこれ以上の進展がないまま現在に至ります。
木村孔次郎さんの襲撃に失敗しただけでなく、無関係の人間を殺害したことがきっかけで、関東連合は解体されることとなりました。
六本木事件の黒幕は工藤明男だった?
六本木事件の首謀者は見立真一で確定していますが、この事件には関東連合の工藤明男さんという人物が裏で動いていたようです。
実は、関東連合と敵対関係にあった木村兄弟は、和解していた時期があります。
せっかく和解していた木村兄弟との関係を、工藤明男さんは真偽織り交ぜた情報を流すことで意図的に壊します。
さらに、見立真一さんをけしかけて六本木事件を引き起こしたのも工藤明男さんだといわれています。
六本木事件の黒幕と呼ぶにふさわしい暗躍は結果的に関東連合の解体に繋がってしまうのですが、工藤明男さんの意図はなんだったのでしょうか。
現在は六本木事件の本を出版しベストセラーになるなど、作家としても成功しています。
関東連合最強と謳われた金村剛弘の身長や筋肉は?
武闘派半グレ集団である関東連合の中でも最強といわれていた金村剛弘さん。
鍛え上げられた凄まじい肉体をもち、格闘技にも精通していることから喧嘩無敗の戦歴をもっています。
関東連合最強と謳われた金村剛弘さんはどのような人物なのでしょうか。
金村剛弘のプロフィール
- 本名:金 剛弘(キム ガンホン)
- 生年月日:1975/12/20(2008年3月、32歳で死亡)
- 出身:東京都西新宿出身の在日韓国籍
- 所属:関東連合出身の弘道会所属のヤクザ(表向きは父親の経営する韓国食材輸入業の役員)
「新宿ジャックス」を立ち上げ、「狂乱恋命」という暴走族に入ったのち、関東連合やヤクザと深くつながるという不良の王道を歩く金村剛弘さん。
さらに持ち前のカリスマ性からも多くの有名人とも交流があった人物でした。
金村剛弘は在日韓国人だった
金村剛弘さんは東京都出身ではあるものの、国籍は韓国人です。
最終的には在日韓国人として弘道会のヤクザでしたが、表向きは父親の会社役員のとして過ごしていました。
ヤクザになる前の関東連合時代から、裏の世界では強大な権力をもっていたようです。
金村剛弘は低身長症で身長は150cm代だった?
金村剛弘さんは最強クラス肉体をもっていながら、150㌢台の身長だったようです。
身長が低い理由に低身長症という病気だった、という情報もありますが定かではありません。
いずれにせよ、喧嘩の強さには身長が必要不可欠といわれる中、低身長でありながら喧嘩無敗には驚かされるばかりですね。
金村剛弘はベンチプレスで120kg上げていた?
金村剛弘さんの肉体がどれほどのものか具体的に紹介します。
上記の画像からもわかる通り、腕や背中の筋肉の発達が大変なことになっていますね。
噂程度の情報ですが、なんと120キロのベンチプレスでトレーニングをしていたようです。
120キロのベンチプレスといえば、アスリート級といっても過言ではありません。
攻撃に必要な筋肉をこれでもかと搭載している金村剛弘さんの攻撃力は、計り知れないものがありますよね。
喧嘩最強にふさわしい体といえるでしょう。