【2023最新】下村早苗(大阪二児置き去り死事件:母親)の現在は?父親と生い立ちが壮絶?

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2010年7月30日当時23歳だったシングルマザー下村早苗が起こした、大阪二児置き去り死事件。

50日間子供たちを放置するという、あまりに悲惨な事件ですが、犯人下村早苗は現在何をしているのでしょう。

どうやら下村早苗の父親と、彼女の壮絶な生い立ちが事件に結び付いてくるようです。

下村早苗の父親や生い立ちを紐解いて、大阪二児置き去り死事件を詳しく見ていきます。

【2023最新】下村早苗の現在が悲惨すぎてやばい?

2010年自分の時間が欲しかった、子供達が邪魔だったという理由で、自分の子をマンションに放置し続けた下村早苗。

あまりにも自分勝手な殺人者は、世間から大きなバッシングを受けました。

現在アラフォーとなっている下村早苗、現在の状況は悲惨すぎてやばいといわれています。

自分が行った残虐な行いは、現在自分の身に跳ね返っているようです。

下村早苗が起こした大阪二児置き去り死事件とは?

大阪二児置き去り死事件とは、2010年7月30日という夏の暑い日に起きた、桜子ちゃん(3歳)と楓ちゃん(1歳)がマンションの一室に50日間放置され餓死してしまった悲しい事件です。

その犯人は、母親である下村早苗で当時23歳のシングルマザーでした。

当時勤務していた風俗店が管理するワンルームの寮の一室には、エアコンはなく部屋には冷蔵庫のみが置かれており、その中身は空で冷蔵庫の扉には無数の手形が残っていたそうです。

臭いも部屋から漏れており、隣人の住民曰く凄まじい腐敗臭や害虫が発生しベランダはゴミだらけといった状態だったようです。

姉弟がいた部屋の中も、腐敗臭や酸っぱい臭いが充満する中に、おむつなどの汚物が転がっていたそうで、幼い姉が必死に取り換えたかと思うと心が引き裂かれる思いになります。

現在①下村早苗は収監中!

事件後、検察側は無期懲役を訴えましたが、弁護側の働きかけで2013年3に懲役30年が確定しています。

下村早苗は現在も服役中です。

裁判の際に精神鑑定を受けましたが、刑事責任能力は問題ないと判断されました。

食べ物を置いておかなかった点や、子供たちが次第に弱っていく様を知っていて放置した点などから殺意があった判断した検察側は無期懲役を求刑したようです。

弁護士側は過去に下村早苗にネグレクトの被害があった事や殺意は無かった事を訴えた結果、殺人罪により実刑30年となりました。

現在②父親が2か月に1回面会に出向いている?

下村早苗の実の妹達は10年間の一度も面会には出向いたことは無いようですが、孤独にさせまいという想いから父親は2ヵ月に1度面会に出向いているようです。

父親は、早苗は普通の子だ、今でも事件の事を思い出す度に何故こんな事になったのかと思う、と語っています。

しかし下村早苗は昔から、プツンと何か糸が切れたように人格が解離し別人のようになるとの事で、裁判でも論点になりました。

恐らく彼女の幼少期の生い立ちがそうさせたものなのではないでしょうか。

現在③養子援組により苗字が「中村」になった

下村早苗はどのような経緯かは分かりませんが、服役中に刑務所内の女性と養子縁組をし姓が「下村」から「中村」に変わっているようです。

この事から、父親は面会こそ出向いてはいるが頼れる家族とは言えず、下村早苗とは絶縁状態にあるのではないかと思われます。

だからこそ、養子縁組をして新しい家族の形を築いていこうとしているのではないでしょうか。

下村早苗の生い立ちが壮絶!?両親を強く憎んでいた?

大阪二児置き去り死事件という悲惨な事件を起こした下村早苗ですが、彼女自身もまた悲惨な生い立ちを歩んできたようです。

下村早苗の父親は3度の結婚歴が有り、最初の母親が彼女の母親でした。

父親が再婚し義母からは差別的扱いを受けたり、中学の頃に性的暴力を受けたりと想像を絶する生活を送って来ていたようです。

彼女を普通の子だと、断言している父親ですが、この事件の発端は父親にあったのかもしれません。

生い立ち①小学生の時に両親が離婚!父親に引き取られる!

下村早苗の父親は3度の結婚歴があり娘3人を儲け、1度目の離婚時に下村早苗と妹2人は母親に引き取られます。

しかし、母親は育児放棄でろくに育児もせず、男を取っ換え引っ換えし遊び出歩いていたようです。

娘から父親に「母親が返ってこない」と連絡があり父親が様子を見に行くと、部屋はゴミだらけで娘たちは風呂に入っていない様子、皮脂汚れでベタベタだったそうです。

この時、下村早苗は妹たちの面倒を見ていたのでしょう。

その後母親の行方が分からなくなってしまったようで、最終的には父親が引き取っています。

生い立ち②新しい母親に差別されながら生活を送る

2度目の結婚で出来た新しい義母は、下村早苗ら姉妹を差別し義母の実子のみを可愛がっていたようです。

そして父親もこの現状を気にする様子もなく、仕事であるラグビー部の顧問の仕事に精を出し育児には無関心でした。

小さい事の積み重ねとはいえ、当時の下村早苗の心を痛めつける要因としては十分なものだったのではないでしょうか。

父親は、この新しい母親ともわずか3年で離婚しています。

生い立ち③中学生から荒れ始めレイプ被害に遭う

下村早苗が中学生になった頃にとある不良グループに入り、夜中まで遊び歩き更に遊ぶ金欲しさに援助交際等、派手な男性関係を築いていたようです。

そんな中、下村早苗は複数人からのレイプ被害にあってしまいます。

まだ中学生の女の子には深すぎる傷でしたが、家族に相談する事は出来ず、当時の担任の先生へ相談をし、妊娠の有無を確認するために向かった病院もその教師が付き添っていたようです。

生い立ち④私立高校に転校して卒業!割烹料理店に就職

高校からは生活がガラリと変わり、下村早苗は父親の知人の教師が働く私立高校へ転校し、下宿生活を送っています。

知人教師の実家で下宿をし、下村早苗は初めてここで家族の温かさを知ることになったのです。

そのおかげか安定した生活を送る事が出来、無事高校を卒業した彼女は割烹料理店へ就職が決まり、その職場でこの後結婚することになる男性と出会うことになります。

下村早苗と元夫・羽根直樹の出会いから現在とは?

元夫・羽根直樹さんと出会い、束の間の幸せを味わっていたこの時間は、無念にも今後の悲劇の運命の歯車を回すきっかけとなってしまったのです。

2人はどのような関係を築き、凄惨な事件を起こしてしまう事になるのでしょうか

その出会いから現在までの経緯を見ていきましょう。

平成18年:下村早苗と元夫・羽根直樹が結婚!

下村早苗は就職した割烹料理店に客として訪れていた羽根直樹さんと出会いました。

交際期間が短い中1人目の子供の桜子ちゃんを身ごもり、スピード結婚をします。

結婚後は羽根さんの実家で同居をし、当時大学生だった羽根直樹さんは大学を中退し(株)デンソーへ契約社員として就職。

その後試験に合格し正社員として家族を養う為働いていたそうです。

下村早苗は長女の桜子ちゃんが生まれた翌年に、長男である楓ちゃんを妊娠しています。

下村早苗が同級生と不倫し離婚!子供の行方は?

とても幸せで円満な結婚生活を送っていましたが、2人目の楓ちゃんを出産した頃から事態は一変していまいます。

下村早苗の男遊びが増えていき、身なりも派手になっていった結果、下村の同級生との不倫が発覚し羽根さんとその両親から離婚を突き付けられます。

悲しくも過去の自分の母親のように、幼い子供2人を引き取り家を出ていかねばならない状況を自ら作ってしまったのです。

ちなみに、養育費は一切なかったようで、実の母親も頼る事が出来ず生活はとても大変なものだったと思われます。

下村早苗は、その後生活費を稼ぐ為に名古屋のキャバクラで働きだしますが、幼い子供の体調の不安定さに翻弄されキャバクラを辞めざるをえない状態に陥ったようです。

寝る間を惜しんで働きつつ育児に翻弄された彼女は、子供を預かってほしいと元夫に頼み断られています。

更に孤独を味わうことになり、最終的には幼い姉弟を連れ、風俗店で働いたそうです。

風俗店の託児所に不安を抱いた下村早苗は、だんだん託児所へ預ける事なく自宅に置いて仕事へ向かうようなりました。

事件後:事件から1か月半も経過して子どもの遺骨を引き取る

事件発覚後警察による子供達の司法解剖が済んだ後、子供たちの遺骨の受け取り手がなかなか見つからず、1か月半もの間警察署で宙に浮いた状態になっていたというのです。

下村早苗の親族である父親は、受け取りを拒否した上に大阪に住む自身の父親に押し付けたそうですが、結果的には元夫側に引き渡ったそうです。

同じ子を持つ親がこんなにも居たのに、幼い遺骨はたらい回しになりました。

下村早苗の過去等につながるものがあるのかもしれません。

また、元夫の羽根直樹さんとの離婚理由は、下村早苗の不倫と前述しましたが、羽根さんが下村早苗が妊娠中に浮気をしており、その浮気相手と結婚したいと言っていたという噂もあるようです。

更には地元女性と遊んでいたという声も上がっており、真相はわかっていません。

現在羽根直樹さんは、過去の浮気相手かは謎ですが再婚をして新しい家庭を築いているそうです。

下村早苗の父親・下村大介がヤバい?現在もラグビーの監督?

面会は2ヵ月に1度欠かさずに出向いているという下村早苗の父親ですが、その実態や過去は惨いものでした。

今までは犯人である下村早苗を深く掘り下げて見てきましたが、間接的な加害者と言われている父親についても見ていきましょう。

一体どのような人物なのでしょうか。

下村早苗は1人目の妻との子ども!育児には無関心だった

1人目の妻は元教え子だったそうで、その妻とは下村早苗の下に娘を2人を儲けています。

しかし、育児へ全く関心が無かったようで家庭を顧みず仕事ばかりだったようです。

そして1人目の妻とは、父親である下村大介さんのDVが原因で離婚。

その後2人目の妻も大介さんの元教え子だそうで、最後の3番目の妻も元教え子かつ、ラグビー部マネージャーで下村早苗より年下の人でした。

ラグビー部監督に関しては、とても輝かしいものですがいざ家庭となると、ひどく杜撰な父親業をしていたようです。

事件後:孫の遺体を受け取り拒否?

事件後、幼い孫二人の遺骨の受け取りを拒否したことはおろか、警察との関わりすらも拒否していたようです。

自身の仕事のキャリアを心配しての事か、ただひたすら現実から目を背けたかったのかは分かりません。

そして最終下村大介さんは、大阪に住む自身の父親へ遺骨の受け取りを押し付け、その後我関せずの姿勢を貫いたのでしょう。

現在:ラグビーの監督として働いている?

2014年までは三重県立四日市農芸高校で教諭として勤めており、同年3月いっぱいで同高校のラグビー日顧問を31年目で退職しているようです。

その後2014年4月からは三重県立名張西高等学校(現在・三重県立名張青峰高等学校)に転任し、今までのラグビー部ではなく、女子バスケットボール部の顧問を担当していたとの事です。

その後の下村大介さんの仕事の経緯は掴めませんでしたが、1960年生まれで今年63歳の為恐らく三重県のどこかの高校でまだ教職員をしているのではないでしょうか。

育児放棄はよく女性に使われる言葉ですが、下村大介さんは育児放棄をしていたといえるでしょう。

下村早苗の現在は未だ服役中の状態だった!!

下村早苗の現在や、生い立ちそして彼女と関係した人達について見ていきましたが、いかがでしたでしょうか。

彼女自身ネグレクトの被害者で、身内以外に頼ることも出来ずに、自身の幼子2人を死に追いやってしまったのです。

どれだけ下村早苗の過去が悲惨なものでも、同情の余地は全くありません。

しかし、彼女の親族や元夫、元夫の両親が自分本位の考えを持つ人達でなければ、このような悲劇はどこかで止められたのではないかと思われます。

決して風化してはいけない、そして繰り返してはいけない事件です。

幼い姉弟のご冥福を心よりお祈りいたします。