【2023最新】東慎一郎の現在が完全特定?超裕福で結婚し子供がいる?

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1997年に「神戸連続児童殺傷事件」という、5人の小学生が被害を受け、2人が死亡、3人が重軽傷を負った事件が発生しました。

この事件を起こしたのは「酒鬼薔薇聖斗」と名乗る当時14歳の男子中学生でした。

2005年に保護観察期間を終え、正式に少年院を退院し社会復帰しているそうです。

酒鬼薔薇聖斗は現在、「東慎一郎」と名前を変え暮らしています

今回は酒鬼薔薇聖斗こと「東慎一郎」について解説していきます。

東慎一郎(酒鬼薔薇聖斗)の現在がヤバい?結婚して子供がいるって本当?

「東慎一郎」の現在の年齢は40歳になってます。

連続殺傷事件を起こしたにもかかわらず、我々と同じ社会で暮らしているのです。

一般的な40代といえば、結婚し子供もいて日々仕事に励んでいることと思います。

では東慎一郎は現在どんな仕事をして、どこで、どのように生活しているのでしょうか?

東慎一郎から西岡真に本名を変えて生活している!

2023年現在、酒鬼薔薇聖斗こと「東慎一郎」は本名を変えて生活しています。

「西岡真(にしおかまこと)」名前を変え、一般人に溶け込み暮らしているのです。

東慎一郎はしっかり更生しているのか、気になる人も多いのではないでしょうか。

もしかしたら近所に凶悪な元犯罪者が生活していると思うと「ゾッ」とするのは筆者だけではないと思います。

東慎一郎の現在の年齢は?

事件当時14歳だった少年は、現在40歳となっています。

2005年の出所ですから、もう社会に出て20年近くになるのです。

生きていくためには、衣食住を確保しなくてはならないですし、仕事をしてお金を稼がなくてはなりません。

東慎一郎は今何処で何をして、誰と暮らしているのでしょうか

東慎一郎は現在どこに住んでどんな仕事をしている?

通常であれば殺人事件を起こした犯人は、刑務所から出てくることは難しいでしょう。

しかし東慎一郎は、事件当時未成年だったため、社会に出ることが出来ました。

ですが一般社会での生活も厳しかったそうです。

凶悪な犯罪を犯した代償として、雑誌記者に追われる日々だったといいます。

ネットカフェや簡易的な宿泊所など、すぐに移動出来る場所で生活していたそうです。

東慎一郎が結婚して子供がいるって本当?

はたして凶悪な犯罪を犯した加害者が、社会に出て結婚し子供までいるのでしょうか?

噂の原因となったのは、2015年に出版された「絶歌・神戸連続児童殺傷事件」にありました。

絶歌には「被害者遺族に対し結婚式の招待状を送った」と書いてあったことで、このような噂が広がっていきました。

しかしながらこの情報は「デマだった」ことが発覚しています。

東慎一郎は今も結婚しておらず、子供もいないのが真実のようです。

東慎一郎が事件を起こしたその後は?記者が突撃!

東慎一郎は事件発生当時14歳ということもあり、逮捕後は少年院へ入所することになります。

少年院ではどのような生活をしていたのでしょうか。

しっかり罪を償い更生することが出来たのか、気になるところですね。

それでは東慎一郎の逮捕後と、退院してからの行動について解説していきます。

東慎一郎は事件後医療少年院に入所

1997年10月13日に関東医療少年院に入所しています。

その4年後の2001年には、「治療は順調」との判断から中等少年院に移り、2004年に仮退院、2005年に本退院となり社会に出てきているのです。

少年院内の仲間に東慎一郎はこのように語っていたといいます。

いくら遺族の手記を読んでも、薬を飲んでも、治らないんだよ。僕は性格が異常なんだから

また「自分の性器を傷つける」などの奇行に走っていたという情報もあり、本当に更生して出てきたのか不安になってしまいます。

東慎一郎の顔が流出!

東慎一郎の画像も流出しています。

中学生当時の画像から、成人した後の画像まで確認することが出来ます。

雑誌の記者から相当付け回されていると思われ、様々な画像がネット上に流出していると考えられます。

殺人事件を犯した加害者が社会に出て、普通の暮らしをするのは難しいということがよく分かりますし、ひっそりと暮らしていく以外ないのかもしれません

東慎一郎の事件後の住まいはどこ?

ネットカフェや簡易的な宿泊所を、転々としてきたという東慎一郎ですが、週刊文春によって所在を明らかにされていることが分かりました。

現在は別の場所に引っ越してしまっているようですが、その情報によると東京都足立区の「UR花畑団地」に住んでいたとのことです。

団地の最寄り駅は「竹ノ塚駅」という駅近物件に暮らしていたということで、周辺住民の方や駅利用者は、東慎一郎とすれ違っていたかもしれません。

少年院退所後の東慎一郎の報道は?

この「週刊文春」の記者は、長期にわたり「東慎一郎」を追跡していたといいます。

そしてついに東本人に、直接取材までするまでに至ったのです。

その取材内容ですが、最初の取材時には「人違いです」とのことで拒否されたそうです。

後日改めて取材の依頼をしたところ、東慎一郎の態度が豹変していきます。

「お前、ナメてんのか?違うって言ってんだろ」「命懸けで来てんだろ?お前、名前と顔覚えたからな」などと脅しをかけ、逃げる記者を1キロほど追いかけてきたのです。

記者は「殺されるかもしれない」と思ったと語っており、更生しているのか疑問が生まれてしまう程の出来事だったそうです。

東慎一郎は元少年Aとして本を出版が爆売れ!

東慎一郎は2015年に「絶歌・神戸連続児童殺傷事件」を太田出版から刊行しています。

出版当時の年齢は32歳で、初版は10万部、その後第2刷、第3刷と増刷されました。

手記の出版に対して被害者遺族は、出版中止と回収を求められていました。

全国的に図書館や書店では、この本を置かない方針を打ち出す傾向が多かったようです。

被害者遺族にとっては、辛くても忘れられない「記憶の傷口」をさらに大きく広げられ、とても苦しかったことでしょう。

多額の印税で生活?

絶歌は当時1冊1500円で販売されていました。

通常の印税は8%ですので、単純計算1冊で120円著者へ入ってくる計算になります。

東慎一郎は少なくても「2000万円」以上の印税が入ってきているのです。

しかしその印税は遺族へ支払われていないといいます。

その理由は、「被害者遺族が拒否」しているからなのだそうで、この印税は東本人が自由に使えるお金となっているそうです。

東慎一郎が起こした事件後の家族はどうなった?

自分の子供がこのような「凶悪な事件を起こしてしまったら」と思うと、いてもたってもいられなくなる方は多いでしょう。

加害者の家族も今まで通りの「普通」には戻ることはできなかったと思います。

残された加害者の家族は、どうなっているのか非常に気になるところです。

それでは事件後の家族が、どのような日々を送っていったのか解説していきます。

東慎一郎の両親が本を出版!

「東慎一郎」の両親は本を出版しているのです。

1999年4月に「少年Aこの子を生んで」を出版しており、この手記はベストセラーにもなり、印税額は出版から20年で「合計1億円」近くに達しているといわれています。

この書籍の印税は全額、被害者遺族に支払われているようで、そもそもの目的が被害者遺族への賠償金の支払いとなっていたようです。

東慎一郎の母親の言動が異常!

逮捕後にこのように母親は語っています。

「冤罪ってことはありえへんの?」という殺人事件で逮捕された息子の母親とは思えない言動を発しています。

さらに被害者の賠償金が億越えの判決となっているにも関わらず「毎月2万円ずつ払います」といった信じられない言葉を発しており、裁判官に注意されたそうです。

この情報だけ見てしまえば、母親の精神は崩壊しているといっても過言ではないでしょう。

東慎一郎の両親は離婚して一家離散?

東慎一郎が逮捕されてから、両親は一時的に離婚をしていたようです。

自分の子供がまさか「殺人事件を起こす」とは、誰の親も思っていないことでしょう。

そんな両親ですが現在は「よりを戻して」一緒に暮らしているそうです。

関西のある地方都市で暮らしており、年金生活を送っているのです。

東慎一郎の2人の弟も一緒には暮らしていないものの元気なのだとか。

東慎一郎の現在は、未だ謎に包まれている!

東慎一郎は現在40歳になっており、社会に出てひっそりと暮らしていることでしょう。

ネットで出回っている情報を整理すると、現在の所在地は不明でどこで、どのように生活しているのか見えてきませんでした

しっかり更生していない様子も伺えるため、また犯罪を起こしてしまわないか、気になって仕方がありません。

ですが事実として、この社会のどこかで「何の制約もなく」暮らしているのです。

ひょとしたら、すぐ近くいて「毎日顔を合わせている」のかもしれません。