香田証生さんがアルカイダ組織に拉致されて、解放と引き替えに自衛隊のイラクからの撤退を要求していることは、すぐさま小泉首相に報告されました。
しかし、小泉首相は細田官房長官との電話の中で、自衛隊は撤退させないよう指示していたと言います。
アルカイダ組織の要求が通らなかったのです。
そして事態は悲しい結末を迎えます。
目次
内容⑤殺害方法は斬首という残虐な方法
香田証生さんは罪人を処刑する「斬首刑」で亡くなりました。
斬首刑は、今もなお、サウジアラビアでは法制度として行っているようです。
イスラム法に基づき公開処刑があるのです。
動画ではその内容が鮮明に映し出されており、非常にショッキングです。
アルカイダ組織はナイフで彼の首をまるでノコギリで木でも切るように切ります。
十分閲覧に注意しましょう。
香田証生さんの最後の言葉とは?
香田さんは何も言わずに、ただただ座っていました。
彼は一度も「助けて」とは言いませんでした。
叫ぶこともありません。
彼の心情を考えると、無念でなりません。
内容⑥アメリカ国旗の上に香田証生さんの生首が置かれた動画がアップされた
動画の中で、血が大量に噴出し、耐え難い音が響いた後、画面は切り替わりました。
最初に敷かれていた星条旗の上に、香田証生さんが移されていました。
彼の首を切り続け、切断した後、血塗られた身体の上にその生首を置いたのです。
アルカイダ組織はその首を自身の黒い旗の前で掲げ、再び血塗られた身体の上に戻しました。
そして、生首の顔がクローズアップされ、アルカイダの旗が映し出されると、動画は終了しました。
海外サイトを経由すれば斬殺動画や画像が見れる!
現在、このおぞましい動画は、ほとんど削除されています。
日本の法務省の人権保護局がその動画をアップしているサイトへ削除要請を行ったためです。
しかし海外のサイトでは見ることができるので、多くの人が見て衝撃を受けています。
ネットでは「香田証生の首が生々しく恐ろしくて気分が悪くなった記憶がある」など、色々な感想が飛び交っています。
香田証生がイラクに行った理由3選!自ら危険区域に踏み込んだ理由とは?
一体なぜ、香田証生さんはイラクに行くことを決めたのでしょうか?
当時、日本人映画監督の四ノ宮浩さんに引き止められましたが、香田さんはその忠告を無視し、拉致されました。
四ノ宮浩さんの忠告を無視してでも、行かなければならない理由があったのでしょうか。
理由①ワーキングホリデーが終了したタイミング
香田証生さんはニュージーランドにワーキングホリデーとして滞在しました。
その後ワーキングホリデー終了後に帰国せず何カ国か経由してイラクに入国しました。
彼が亡くなった今、憶測でしかありませんが、下記のようなことを思っていたのかもしれません。
・イラクの現状を自ら体験したかった。
・周りに一目置かれるような経験をしてみたい。
周りの反対を押し切ってでも、当時のイラクにどうしても入国したかったようです。
理由②戦争現場を見てみたいという興味本位
香田証生さんは各国を旅していました。
イスラエルに入国した際、イラク戦争で傷ついた子供たちの写真を見て、イラクに向かうことを決意したようです。
彼は「戦争を見てみなければ平和を考えられない」とイラクに入る前に出会った人に言っていることが確認されています。
学生時代からボランティアや介護現場など困った人の助けになりたいと考えていた彼にとっては必要なことであると考えたのかもしれません。
理由③どれだけ危険かを把握していなかった
香田証生さんはイスラエルに旅行し、テルアビブのホテルでフランス人旅行者に出会いました。
テレビの報道でイラクの危険性は知ってたと思われますが、そのフランス人旅行者は以前イラクに行った経験があり、特に危険を感じなかったと話したということです。
また、イラクへは自由に入国できるとも教えてくれました。
これらの話を聞いた香田さんは、イラクはそれほど危険ではないと勘違いしたのかもしれません。
香田証生の斬首殺害事件のその後は?日本人の反応は?
治安が非常に悪く日本政府が入国を規制していたにもかかわらず、イラクに入国した香田証生さん。
当時の日本では「自業自得」や「自己責任」とする意見が圧倒的に多かったのです。
しかし、日本政府が自衛隊の撤退という要求を受け入れなかったため、首を切られて殺害されたのだという声もあります。
その後①日本政府が批判を受けた
香田証生さんが拉致された声明が出された5時間後、小泉純一郎元首相は自衛隊の撤退をしないよう官房長官に指示しました。
その2時間後の記者会見で、小泉元首相はテロには屈しないと明言したのです。
小泉元首相の決断は、将来の犠牲者を減らすことや日米関係を考慮したものだと考えられました。
しかし、要求を受け入れないという発表のタイミングが早すぎたせいで、犯行グループを怒らせたのではないか、あるいは香田さんを見捨てたのではないかという政府への厳しい批判がありました。
その後②白い目で見る国民もいた
当時、自己責任に関する批判は圧倒的に多かった。
そんな世論を忖度したのか、香田さんの家族はテレビカメラの前で「みなさんに迷惑を掛けて申し訳ありませんでした」と謝罪をした。
香田証生は見捨てられた?首相の判断は正しかった?
小泉純一郎元首相は、「自衛隊を撤退させない」と指示していたと述べました。
そして、同日の午前10時からの記者会見で、彼は「テロには屈しない」という立場を維持し、テロリストの要求を拒否し、自衛隊の撤退をしないと公に宣言していました。
その一方で、日本政府は25カ国とイスラム教の聖職者たちに協力を求め、香田さんの解放を要請していました。
しかし、犯行グループとの連絡ルートが見つからない状況下で、48時間という期限は非常に短く、残念な結果に終わりました。
香田証生の斬首殺害事件は検索してはいけなかった
香田証生さんのショッキングな動画は、日本中を震撼させました。
危険なイラクに安易に入国したことについて、さまざまな意見が今も飛び交っています。
香田さんと最後に話した四ノ宮浩さんは、香田さんが戦争の真実を見ようとした勇敢さを称えています。
香田証生さんのご冥福を心からお祈りします。